いい歳同士なので結婚式は諦めていました

いい歳した二人だからと諦めていた結婚式だったけれど

母が亡くなったのは私が中三、弟が幼稚園の時でした。検査入院だと言って父の車に乗って笑顔で病院に向かったのに、そのまま2度と家には戻ってこなかったのです。子宮頸ガンでした。母がガンだと知らされたのは亡くなる1ヶ月前のことでしたので、悲しいというより呆然としてしまいました。お葬式が終ったあともまだ実感がわかず、とにかく、弟の世話をしなくちゃとそればかり考えていた気がします。

まだ人が死ぬということがよくわからないで母を捜して泣く弟を宥めつつ、父と協力して家事をしました。やれば上達するもので私は段々と家事が得意になっていきました。弟もやがて母のいない分甘えてくるようになり、私は十代なのにすっかり主婦と化していきました。高校を卒業して、進学も考えたのですがなるべく弟の近くにいようと家から近いパンの工場に就職しました。

朝、弟と父を送り出して仕事に行って、帰ったら夕食を作ってお洗濯をして……そんな生活を続けるうちに気づけば40代を迎えていました。弟も無事就職し手は離れていたのですが、今度はすっかり老いて弱ってしまった父を置いて嫁ぐことなんて考えられなかったのです。そんななかパン工場が経営不振で閉鎖されてしまいました。焦った私はとりあえずという感じで近所の弁当屋のパートとして雇って貰いました。そこで出会ったのが今の夫だったのです。

彼は弁当屋の次男でバツイチの45歳でした。仕事に慣れない私に親切に色々教えてくれて、ぶっきらぼうだけど優しい人だと感じました。朝早いシフトで二人きりで仕出しを詰めている時などにぽつりぽつりとお互いの境遇を話しました。彼の前の奥さんは恋人を作って出ていってしまったこと。12歳の息子さんがいること。私もまた母が早くに亡くなって必死に弟を育ててきたことを話しました。そうやって段々と気持ちが近づき、ある日彼におつきあいを、そしてその数ヵ月後に結婚を申し込まれたのです。

正直、悩みましたが、彼が私の父との同居も考えていてくれると知り、清水の舞台から飛び降りる気分でプロポーズを受けました。二人ともいい歳なので大仰な式はあげず両家の家族だけで食事会でもすればよいのでは、と思っていたら、彼は私は初婚なのだから結婚式をあげようと言ってくれました。こんなおばちゃんが打ち掛けやドレスなんて恥ずかしいと思って最初は断りました。でも父が『お前の花嫁姿を見たい、母さんもそう思ってる』と言うので、これまた思い切って式をあげることにしたのです。

結婚式では多くの人にお祝いをしてもらえました。弟が母の小さな写真をずっと持っていて『姉ちゃん、すごい綺麗だ、母ちゃんもそう言ってる』と言ってくれた時、今までのすべての苦労が報われた気がしました。泣く私の肩を抱きながら彼は『でも一番、●さんの花嫁姿見たかったのは俺だから』と笑いました。ぽっちゃりとしたおばちゃん丸出しの体型ですが、あの日の私は間違いなく世界で一番綺麗で幸せな花嫁でした。